Novel

逢瀬

「……場所、考えろよ」「わかってるよ……」深夜。共同の風呂場に二つの人影。灯りもつけず、頭上からサアアと流れ落ちる水が僅かな音をかき消していた。普段使える大きな風呂場の横にある、浴室の利用時間外に個人が簡単に汗を流す為の簡易シャワー室内から…

Andante

ぐう。「……」「……」きゅるる、と追加でもう一鳴きしたのは、ラガッツォの腹の虫。ランドルと二人ベッドの上でダラダラとした、寝るまでの間の時間を過ごしていたときのこと。風呂を済ませ髪を下ろし、二人ともラフな部屋着でくつろいでいた。夕飯を食べ終…

il bacio

「じゃあ、これお姉さんからプレゼント」そう言ってキャシーから手渡されたのは、手のひらの上に納まる程度の包み紙だった。長細い袋上で、上部を細いリボンできゅうと止められたそれは、僅かながらに甘い香りを溢れさせている。「菓子か?」「そ。最近この街…

Trick or Trick?

その日は朝からどこもかしこもソワソワとした雰囲気で、いつもより少し……大分賑やかだった。「なん、だァ?」少し寝坊した朝。ラガッツォはのんびりとした時間に自室を出ると、艇内の廊下をパタパタと走る小さな子がやけに目につきながら、ふあ、と大きな欠…

境界線なんていらない

手のひらでそっとその背中に触れる。触れた、という感触はわかるのにその背が持つ温度は、機械仕掛けのニセモノでは感じとることができない。触れているのに、触れられていない。その距離が少し、もどかしい。雨が降る夜は、古傷が痛むなんていうのは老人の戯…

構え!構え!構え!!

暖かい日差しが降り注ぎ、爽やかな風が吹き抜ける。湖の畔は静かに時が流れ、気持ちのいい午後の陽気。ラガッツォはぽかぽかとした陽の光を浴びながら、くあぁと一つ欠伸をし目元に浮かんだ涙を二の腕のあたりで擦り拭う。船着き場から湖へと投げた二本の竿の…

そう簡単には逃がしてやらない

まだ太陽が頭を覗かせはじめたばかりの静かな時間。個室に差し込む明かりはほんのわずかで、空気もまだ冷えたままだ。ふっと意識が覚醒し、もぞりとベッドの中で身じろぐと、触れたのは自分ではない体温。――昨日泊まったんだったな。隣で眠る髪の長い男――…

それを何と呼ぶのでしょう

騎空士にとって、古き戦場のある島に召集されることは特に珍しいことでもない。その時々により七日間だけ眠りから覚める星晶獣は異なり、その星晶獣に合わせてこの騎空団からもいくらかの人員が派遣されていた。今回は風をまとう騎空士が集められ、その中から…