Monopoly

「ランドル氏、筋肉のメンテナンスは万全ですか?」
甲板の上、手合わせの準備運動のため片足ずつ屈伸して伸ばしているランドルの前に、どこから現れたのかラヴィリタはにゅっと顔を出した。
あまりの唐突さに一瞬びくりと肩を震わせたが、にこやかな笑顔を向けるその顔を見て肩の力を抜く。
「ラヴィリタか。ちょうど今、筋を痛めたりしないように準備運動をやってるところだな」
「そうですか。では運動後は? クールダウンにマッサージなどはしっかりと行えていますか?」
ストレッチ運動を行うランドルの前に立ち、その様子をまじまじと観察している。一瞬ジュワユースが形を替えた脛当てに視線が止まったが、すぐにボディバランスを見るような観察へと戻った。
「後? 軽くストレッチくらいは……」
「良い心がけです。激しい運動の後の筋肉は張って緊張感を持ったままですからね。血流を良くしてしっかりと伸ばし、溜まった老廃物や毒素を流してこむら返りや筋肉痛を防ぐのに、筋肉を労るのは大切なことです。この騎空団で活躍するランドル氏には必要不可欠な行為でしょう」
「まぁ、そうだな……」
「それもあなたの武器である足を中心に全身ともなればさぞ時間も手間もかかることでしょう。そんなランドル氏に、このマッサージガンはいかがでしょうか」
ペラペラと喋っていたかと思えば、じゃん、と効果音を鳴らしたかのようにラヴィリタは形の変わった銃のようなものを手に持っていた。両手ほどのサイズで、銃口の穴は見当たらない。それどころかこちらに向けられた先は丸く、ゴムのような質感に見える。
じっとそれを見ていると、突如先端の丸い部分がガガガガガと音を鳴らして動き出した。細かく振動するそれに、ランドルは思わず目をぱちくりとさせる。
「マッサージガン?」
「えぇ、今話題の最新式です。魔力で動くこちらはマッサージはもちろん筋膜リリースも行え、振動タイプも五段階で選べる仕様となっております。アタッチメントも多数取り揃えておりますので全身にお使い頂けますよ。それになんと言ってもこの軽さ。持っている腕も疲れにくい。大変優れもののこちらが今ならなんと、通常20000ルピのところを本日限り19800ルピ!」
更にラヴィリタは喋りながら、ランドルの体にマッサージガンを押し当てる。ドドドドドという振動は痛みはなく、自分の指では届きにくい奥の筋肉をも揺らしているのを感じた。たしかにこれは気持ちいいかもしれない。そう思った矢先に聞こえた値段は、即決できるほど安くはない。値段に見合った代物といえばそうなのかもしれないが、たった数秒の使用感とラヴィリタからの説明では、よし買った!とは即答できるはずもなかった。
「たけぇな!」
「えぇ、えぇ、わかります。まだお若いランドル氏には高級品です。ですがこちらの商品、今や全空どこでも品切れ状態。予約も不可なため、全空中の筋肉自慢たちが血眼になって探している大変貴重なものとなっております」
「じゃあそいつらに売ればいいんじゃないか?」
そのもの自体を知らなかったランドルに売り込むより、欲しがっている人がいるのならそちらのほうが即決で売りさばくことができるだろう。
なにもこんなご丁寧にこと細かく説明して商品を試させながらでなくても良かったはずだ。
「いえ、私は……」
「ラヴィリタァッ!!」
ラヴィリタの話に被さるように、ラガッツォの怒鳴り声が耳に届く。それとほぼ同時だったかもしれない。ラヴィリタとランドルは声のした方へと顔を向け、ものすごい勢いでこちらに走ってくるラガッツォの姿を捉えた。
「うるさいのが来てしまいましたね」
やれやれといった風にラヴィリタは少しうんざりとしながら、ランドルへの説明を一旦止めた。すぐにラガッツォは二人の元へと駆け込むと、間に入るように立ちふさがる。
「わりぃなランドル、面倒くさいのが絡んで」
「相変わらず人聞きが悪い。いい商品があることをご紹介しているだけだと先程も言ったでしょう」
「わかりにくんだよ、やり口が」
「ですからそれは今から……」
気づけばランドル抜きで二人の言い合いが始まってしまった。あーだこーだと言い合う二人を見ながら、ランドルはチリ、と胸に走るむず痒さを感じ思わずそこを掻きむしる。

――なんだよ、これ。

なぜラガッツォが謝るのか。ラヴィリタがしていたことを、ラガッツォが謝ってくる意味がわからなかった。じっとラガッツォの顔を見つめるが、その視線は言い合うラヴィリタに向かったまま、こちらを見ようともしない。
すっかり蚊帳の外にされてしまい会話に割り込むことすら出来ず、チリ、チリ、と焼けるようなヒリつきに若干苛立っていた。
「まったく……。気を取り直してランドル氏、こちらの商品いかがですか? 欲しいと思っていただけましたか?」
口論が一段落ついたのか、ラヴィリタはランドルの方へと向き直り突然感想を求めてきた。ハッとしてそちらを向くと、マッサージガン片手にニコニコと笑顔を向けられる。それを今度は止めようともしないラガッツォは、呆れた視線を向けていた。
二人の話を全く聞いていなかったため、口論の決着はついたのかどうかもわからない。
この質問に対してどう答えるのが正解なのかはわからないが、使ってみてどう思ったかを素直に伝えることにした。
「まぁ、ありゃ便利だろうなとは思ったけど」
その言葉に満足したように頷き、ラヴィリタは取り出した箱に商品をキレイにしまい直し始める。
「そうでしょうそうでしょう。ではこちら、あなたに差し上げます。無償で」
「は?」
ラガッツォとの口論の中でそういうことになったのだろうか?
値段を言い、更には値引きした値段まで伝えてきたというのに、それが突然無償になる理由はなんなのか。ランドルはぽかんと口を開け、素っ頓狂な声を出してしまった。
それでも気にしない様子のラヴィリタは、更に言葉を楽しそうに続けている。
「取扱説明書もアタッチメントもこちらの箱の中に全て入っております」
「いやいや、さっきの値段はなんだったんだよ」
「あれはこの商品の価値を伝える適正な価格をお知らせしたまでです」
適正価格を伝え、それがそれなりに値段のするもので、しかも探し求める人が全空中にいるという商品の価値は理解出来たと思う。
しかしそれを無償で与えるとなれば、その行為は元敵対していた相手への警戒心を高めるだけではないだろうか。
ランドルは少し考えながら、コトリ、と前に置かれた箱を見る。
「じゃあさっさと渡して離れりゃよかっただろうが、面倒くせェ商売っ気出しやがって」
「突然無償で与えられても、その価値がわからないのならありがたみもなにもありませんからね。それに元から売りつける気などありません。需要を探るのは得意ですが万が一もありますから、ヒアリングと説明は必要不可欠でしょう」
「講釈ばっか垂れんな」
ラガッツォは納得がいって黙っていたわけではなかったようで、また悪態をつくが商品を渡すことを止めるわけではなかった。
それでもランドルがそれを無償で受け取る理由もなく、目の前に置かれたマッサージガンの箱を返そうかと手に取ったところで、ラヴィリタは満足そうにニッコリと笑う。
「ではお邪魔いたしました」