まだ太陽が頭を覗かせはじめたばかりの静かな時間。個室に差し込む明かりはほんのわずかで、空気もまだ冷えたままだ。
ふっと意識が覚醒し、もぞりとベッドの中で身じろぐと、触れたのは自分ではない体温。
――昨日泊まったんだったな。
隣で眠る髪の長い男――ランドルは自分の片腕を枕のように頭の下に折り曲げ眠っている。
向かいあう形になってしまったラガッツォはその顔をぼんやりとした視界の中で捉えながら、先ほど自らの方へと引き上げてしまった掛け布団をランドルの方へと寄せる。
男二人が一つの布団に納まって眠るには、明け方の気温が少しずつ厳しくなり始めている。
いつの頃からだったか、夜部屋に面倒を見に来ては自室に戻るのが面倒だと言ってベッドに転がり込まれることが多くなった。
暖かい季節であれば掛け布団などなくてもさほど問題はなかったが、寒い季節になればそういうわけにもいかない。
――今日は、ちゃんと部屋帰れって言わねェと。
そう思いながらもまだ意識はとろけたまま。きゅうと身体を少し丸めるようにすれば、自然とランドルへと近寄った。僅かながらに感じる体温が、程よく眠気を誘う。
――あったけェ。
その温もりへ縋るようにその体温に引き寄せられる。人の傍がこんなにも心地よく安心するものかと感じたのは久しぶりだった。
再び浅いところへ意識が落ちそうになった時。
「ん……」
温もりの元であるランドルがほんの少し体を動かした。起こしたかと口を動かそうとしたものの、半分意識は落ちていてぴくりと僅かに身体を動かすことへ留まった。
「んー……」
ごそごそと動くその振動に、やっとラガッツォも再び意識を戻しかけ首を動かす。うっすらと開けた目線の先には、口元をむにゃむにゃと動かし目は瞑ったままのランドルの顔。
「おこしたか?」
ラガッツォが発した声はかすれていたが、届けたい相手には辛うじて届いたらしく、むにゃむにゃしたままの口は気だるげに開く。
「……いや、へーき」
いつもより低い声はまだ半分眠っている。再びもぞりと布団の中で腕を動かし、ラガッツォの腰あたりにするりと乗せた。
「さみぃ」
そういいながら自らの身体をラガッツォへと引き寄せ、おさまりのいい場所を探し更に腕を動かすと、義手を外したラガッツォの腕は二人の間でぎゅっと縮こまった。
「もう、とまんなよ」
「ん、んー?」
互いの体温で暖を取るようにくっつけば、心地よい暖かさに思考が鈍る。まだあともう少し。太陽が明るく差し込んでくるまで、もうひと眠り。
ランドルの胸のあたりに額をつけるように、ラガッツォは二度寝する幸福へと落ちていく。
「むり……おれの、まくら……」
その声はランドルの腕の中で眠るラガッツォに届くことはなく、互いの夢の中へと吸い込まれた。
☆ ☆ ☆
「ふ、あぁ……」
くあ、と大きく口を開けて欠伸をしたのは、ランドルだった。
小窓からは朝日が差し込み、部屋の中を明るく照らす。再び目が覚めた時、珍しく部屋の主であるラガッツォは今だ夢の中で、腕の中で眠っていた。
――珍しい。
いつもならさっさとベッドを抜け身支度をはじめ、自分の支度が終わるころに起こされる。
寝顔を見ることはほとんどないどころか、人の気配ですぐに目を覚ますことの方が多い。日中うとうとするところを見かけることもあるが、熟睡するほどに落ちる所は見たことがなかった。
先ほど同時刻に目を覚ましたが、あれからまた眠れたのかと安堵すると同時に、せっかく眠れているのならとしばし隣で添い寝することを決めた。
眠る姿をこんなにまじまじと見るのは意識不明だった時ぶりだろうかと思い出しながら、そっと目の下に指を這わす。
すぅすぅと寝息を立てながら眠る姿は年相応の少年の顔だ。
「ぅ、ん……」
もぞりと身じろぎ眉間に皺が寄ると、ふにゃりと瞼が薄く持ち上がる。
「おはよう」
「ん……」
明るさに慣れない瞳は再び瞼をかぶせ、光を遮るようにランドルの胸元へと顔を埋める。
「……みてんじゃねーよ」
「珍しかったからな」
「つーか部屋戻れよ。もう明け方さみィだろ」
「あー、まあでもまだいけんだろ。こうしとけば」
ぐっと抱き寄せるようにすれば、確かにぎりぎり掛け布団の中に二人は納まることができる。ただ、互いの身体を密着させれば、の話だ。
「おかしいだろうが」
「じゃあ掛け布団持ってくるか、俺の部屋から」
「帰れっつってんだよ、話通じねェな」
「面倒くさいんだよなぁ」
「風邪ひいたらどうしてくれる」
「看病くらいしてやるよ」
なんだかんだと言い訳をし、結局のところ自分の部屋に戻って一人で眠る気がないランドルに、ラガッツォはハァと一つため息を吐く。
「せまい」
「そうか? そろそろ慣れただろ」
「慣れるか」
身体をよじり離せとばかりに肘でぐいとランドルの身体を押し返すと、すんなりとラガッツォの身体を抱き寄せていた腕は解かれた。
ラガッツォが身体を起こしベッドから抜け出せば、ランドルは一人きりになったベッドの上でごろりと身体を伸ばす。
「気に入ってんだよな、ここ」
「じゃあ部屋変わるか。俺は別にどこでもいいからな」
「そうじゃなくて」
義手を器用に腕に挟みランドルへ差し出せば、やっと起き上がってベッドへ腰を掛け、それを受け取った。一人でもつける事はもう出来るのだが、いるならば使ってやろうとばかりに手伝わせる。ランドルはそれをすることが当たり前のように、慣れた手つきでラガッツォの腕へとはめ込んでいく。
「ラガッツォの体温感じながらこの部屋で寝るのが気に入ってるってこと。一人で寝るよりずっとよく眠れる気がするし、お前もよく眠れてるだろ」
「ハァ~~~?」
「目のとこ、ちょっと薄くなった」
「んなわけあるか」
「ま、気のせいかもしれないけどな」
ほい、と両腕の義手の装着が完了し手を離され、手指の稼働を確かめながら部屋に置かれている歯ブラシのセットを取り出した。
あまりにもこの部屋で寝起きする日が多いため、気付けば勝手にランドルのものも置かれるようになり、当たり前のようにそれも取り出しランドルに手渡す。おかしいとわかってはいても、まったく聞く耳を持たないから仕方がないのだ。
「湯たんぽならこれからの季節はもってこいだし、抱き枕としてもちょうどいい感じに馴染んできたし」
「てめェ人のこと寝具にすんのいい加減やめろ」
「俺のことも寝具にすりゃいいだろ」
「ほんっと話通じねェな……」
いつもと同じ会話を繰り替えしながら、今日も二人並び洗面所へ向かうべく部屋を後にする。結局居心地がいいのはお互い様だ。
強く拒否できないことをわかって、ランドルはそこにつけこんでいる。
ラガッツォもまた、つけこむ隙を与えている。
互いの好意に気付かないふりをしながら、二人は今日も同じ部屋で眠る。